6/08/2014

バルサンティ ソナタ 2

ソナタ 2 Adagio の部分

師匠からmailが届いていた。「近江楽堂で演奏しませんか」内容はすぐ判ったが、ちょっと弱気になり返事はグズグズと伸ばしていた。響きの良い近江楽堂でプロのチェンバロやガンバの伴奏でバロックのソナタなどを演奏するのだ。

先日リコオケの練習の時師匠から声がかかり、「例の件どうなりました?」不意打ちで慌てて「ハハイ、参加します・・・」。
曲は普段からソナタなどを演奏しているわけでは無いので、なじみの曲など思いつかない、テレマンの曲など難しそうだし、・・・前回バルサンティのソナタ1をやった時、ソナタ2も音の動きが派手で面白そうだと思った覚えがある。「バルサンティの2番をやります」などと曲名まで答えてしまった。

楽譜はペトルッチ楽譜ライブラリーからダウンロードした。「なんだこれは!」第一楽章のAdagioはやけに細かい音符が並んでいる。64分音符!かなりびびってしまう。 前回同じバルサンティのソナタ1番をやった時は、白い色の2分音符が並んでいて、小節(コブシ)のように適当な装飾音でお茶を濁すことが出来たのだが、今回の楽譜は細かく装飾音が書き込んである。作曲家自身による装飾音の書き込みがあるとの記事を読んだ覚えがあるが、正にこの部分なのだろう。適当に省略などはまずいだろう。第二楽章のAllegro はそもそも調性はハ長調だし難しい超高音とかは無く、演奏しやすい構成にしてあるが、音の動きがド派手に作ってあり、追いかけるだけで大変。陽気に歌い騒げればそれで良し。深い情感など求める方が間違っている。

バルサンティはイタリアからイギリスに出稼ぎに来ていた。当時のイギリスは産業革命前夜で全てが勃興していた。多くの産業が起こり、人を引きつけ、お金が流れていた。結果として文化も発展し、音楽を嗜むことも紳士達の条件とされていたのだろう。そのような背景があるからこそ、ブレッサンやステインズビーなどリコーダーの名工も生まれ、バルサンティのリコーダーソナタ集も良く売れたのだ。出版後比較的短期間のうちに再版されたとの記録が残っているとのことだ。当時のアマチュア演奏家達に好評だったらしい。・・・・・・

しかしそれでもイギリスでのバルサンティの生活は楽ではなかったようだ。
当時は著作権など確立してなかったので楽譜の原稿を出版社に手渡し、なにがしかのお金を受け取ればそれでおしまい。リコーダー愛好家に人気が出て楽譜が再版されたとき、割増原稿料など受け取ることが出来たのだろうか。作曲だけではなくオーボエやティンパニーも演奏したらしく。器用だなどと言われているが、生活のためそうせざるを得なかったのが実際ではないか。旅費を捻出するためティンパニーを売り払ったとの記録が残っているそうだ。多くの作曲家がイギリスに渡ったが、それぞれ苦労したのだろう。

初めてではないが、初台のオペラ シティ近江楽堂でプロの奏者の伴奏で演奏するのは、緊張するものだ。
「オレが時給×××円で雇った伴奏者だ・・・・」と思えば少しは気が楽になるかもしれない。多少「とちった」としても優しくフォローしてくれるはずだ。

いずれにせよ演奏まで 2ヶ月をきったのだ。集中して取り組まないと大恥をかくことになりそうだ。

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