5/28/2017

スタンド製作

楽器に取り付けた状態

フレンドシップコンサートにドルネルの組曲2番を予定している。私はバスリコーダーを担当するが、楽譜が簡単ではないだけに、楽器の保持に問題がある。専用のストラップで吊ってあるが、押さえ方によって微妙に楽器が回転してしまうのだ。一緒にクルークの角度もズレてしまう。
練習を重ねて楽器に慣れるのも大切だが、この際楽器を床に立てる事ができるスタンドを作ってみることにした。このスタンドについては某家具製作所が注文を受けていて私の周囲でも使っている方が何人かいるようだ。がっしりして使いやすそうだ。しかし値段が少々・・・
そこで工作人間を自認する私としては自作してみる事とした。
制作の条件として
・形状は独自のものとする
・木製とし、ビスや蝶番の金属類は使用しない
・最低音(F) に影響を与えない
・折りたたんで楽器ケースに入れられる。
構造の概略
側板3枚(二等辺三角形)で楽器底部とセンターブロック部分を挟み込み、輪ゴムと紐で固定する。
最終仕上げを待たずとりあえず練習で使用してみた。きわめて良好。
指が楽器を支える業務から解放されるためだろう。バスリコの腕が上がったように感じるほどだ。
また楽器のセンターで支える構造も安定感に寄与していると思われる。

スタンド製作
材質 航空ベニア  厚さ 2mm(フィンランド樺材)
木製パイプ 外形15φ内径9φ(ブナ材)
丸棒 9φ  (ヒノキ材)
テトロンロープ 3mm

単板では窓をあけると割れる事があるので、2mm厚の航空ベニア(4枚張り)を3枚貼り合わせ6mmとした。そのため12枚張り合わせた合板ということになる。ちょっと贅沢だが、安心感は増大する。国産のシナベニアでも問題はないと思う。
リコーダーの先端部分は曲面であり、そこを3枚の側板で挟み込む構造のため、図面でその部分のサイズを決める事は困難なので、ダンボールで側板を試作し、側板の大きさを決定した。リコーダーを挟み込む部分は概寸として作業を進め、最後は楽器を当てながらヤスリなどで微調整する。同様に側板のセンター軸への取り付けも組み立てやすさやガタつきの許容度を考慮しながら決める。
側板の概寸
側板の概寸
側板の板取  2mm厚でもカッターでの切り取りに苦労するから直線で切る。9枚必要
中の窓は3枚貼り合わせてから糸鋸で切り取る。
補強リングも三角スペーサーも端材より切り取る、糸鋸で良く切れる

センター軸は外径15φに内径9φの穴が貫通している(ブナ材)長さ90mm これに航空ベニア3枚を張り合わせた補強リングと三角スペーサーをボンドで固定する。
ポールは10φのヒノキ材を用い、片方の端4cm程度を9φ程度に削りセンター軸にはめ込めるよう加工する。
側板のセンター軸への取り付けは試行錯誤の結果
下側はゴムバンドで弾力をもたせて軽く締め付け、上端は楽器への取り付けを確実にするため、ロープで締める。
ゴムバンドは100mm×6mm×1.1mmを100円ショップで購入、
ロープは3mmのテトロン、それにロープのストッパーを使用した。
パーツ一式

楽器と接触する部分にフエルトを使用することも考えているが、合板によって強度は十分だが、表面の樺材は当たりが柔らかく、フエルトなしでも良いのではないかと思う。最終仕上げは表面硬度をあまり上げないためオイルフィニッシュとする予定。




5/27/2017

ドルネル 組曲2番

ドルネル 組曲第2番 表紙

フレンドシップコンサートの演奏は事情により3名での演奏となった。
以前ドルネルの組曲の一部をやった事があるので、3名ならできそうだ、そんなことで決まったドルネル 組曲2番
組曲なのでいくつかの小曲が並んでいる
 1プレリュード  2アルマンド  3ロンド  4サラバンド  5ファンタジー  6シャコンヌ  7リゴドン
このように並べると難しそうな大曲に思えるが、みんな短い曲ばかり、単独で演奏するには短すぎる、このような組曲であってこそ、その存在価値がある。前奏曲があり、小手調べ、自己紹介・・シャコンヌがメインデッシュだろう、最後リゴドンは終曲 「終わりました、いかがでしたか!」 途中ちょっと短調になり反省もある。フルコース料理のようだ。

私は今回バスパートを志願した。以前やった時はアルト 1のパートだったが、今回バスに挑戦してみたくなったから。
楽譜の表紙を見ると2本のフルートあるいはオーボエあるいはヴァイオリンと通奏低音とあり、楽器の限定はない。だからリコーダー2本で演奏しても一向に構わないのだ。原調はシャープ3つのイ長調それをハ長調に転調してある。これは問題ない。
しかし通奏低音をバスリコーダー1本で演奏する・・・これが多くの問題をはらむことに気がついた。通奏低音はヴィオラ・ダ・ガンバやチェロのような大型絃楽器とチェンバロを想定していると思われる。チェンバロがしっかり低音部を補強しチンジャラ、チンジャラとリズムも刻んでくれる。ガンバはたっぷりした持続音でそれに応え、高音域に駆け上がって上声部と絡みあっても相手を圧倒することなく、音色や音量を自在にコントロールできる。
ところがバスリコーダーだと高音のフレーズが倍音を含まない妙に薄っぺらな音になってしまう。さらに最低音に下がりFとかGを「ボン!」と鳴らしたいのに「スカ」情けない、ガンバやチェロだと「グワン!」と胴鳴りで響くのに。
先日演奏を録音して聴いてみた。
まだ所々にミスが出るのは仕方ないとして、上声部2本のリコーダーを通奏低音がしっかり支え引き立てる構図ではなく、リコーダー3重奏のように聞こえる。低音で支える部分がごっそり抜け落ちているからだろう。
通奏低音をバスリコーダー1本で代用するのは無理なのだ。
今回は3重奏で行くしかないだろう。

参考のためドルネルを調べてみたが、あまり情報は伝わっていないようだ。残された曲もあまり多くはないらしい。
素晴らしいテクニックで演奏して聴衆の賞賛を浴びるような曲では無く、音楽好きな仲間が楽器を持ち寄り演奏を楽しむ。そのような目的で作曲されたように思える。

それは演奏をどれだけ楽しんでいるかを問われることでもあり、私たちにとって難題かもしれない。当日の演奏プログラムで私たちの演奏は一番最初、会場の設営などでバタバタした直後だけれど、気持ちをサッと切り替えて、できれば遊び心を持って演奏開始したいと願っています。

5/20/2017

第13回フレンドシップコンサート


6月3日 はフレンドシップコンサートです。
本来なら3月に開催されてきたのですが、今回は会場改修のため6月になったのです。
今までは観客席の椅子が古かったりエアコンの音が聞こえたり いろいろ不具合もあったのですが、かなり良くなっているのではないでしょうか。楽しみです。
チラシと各グループの演奏順を掲載します。演奏開始時間も書きますが、これはあくまで目安と考えて下さい

1 平尾リコーダークラブ                         13:00
2 Le☆Jupiter                                     13:20
3 ウインドベル                                     13:40
4  たまの音楽家                                   14:00
5  ジャスミー                                    14:20
6  厚木リコーダーアンサンブル       14:55
7  リコーダーアンサンブル チエルアルコ      15:15
8  Ricco Suono                                     15:35
9  全体合奏                                          15:55
10 リコーダーアンサンブル Gクレフ          16:30
11 アンサンブル”奏”                                      16:50
12  リコーダーアンサンブル ぴぽ                   17:10
13  ゲスト演奏                                       17:30
  <<順番訂正しました>>

演奏曲目は「秘密?」各グループ練習中と思われます。
HRC(平尾リコーダークラブ)は
ドルネルの「組曲2番」を演奏します。これに関しては別途ブログでも書く予定です。

5/10/2017

「ハートソング」:作曲家アントニオ・ヴィヴァルディとある少女の物語

 

「ハートソング」:作曲家アントニオ・ヴィヴァルディとある少女の物語 / ケビン・クロスリー=ホランド/文 ジェーン・レイ/絵 小島希里/訳 

爛熟期(1700年代)のベネツィアには貧しさなどの為、産まれた子供を育てられない母親が、子供を捨てる施設があった。
その一つが救貧院ピエタ(注1)、そこには音楽院も併設され、才能を認められた少女たちは教育を受け「音楽隊の娘たち」として演奏活動を行うのだ。
少女達のヴァイオリン教師としてアントニオ・ヴィヴァルディは40年近く色々な資格で教えたが、彼の他にもフランチェスコ・ガスパリーニ、ドメニコ・スカルラッティ、ベネデット・マルチェロ、ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツなど当時一流の音楽家達が名を連ねている。ヴィヴァルディだけではなく多くの音楽家が関わっていたのだ。
外部から音楽のレッスンを受けに貴族の娘なども通っていて、音楽学校のような役割も果たしていたらしい。
ヴィヴァルディは当然超一流であるが、当時の他の一流音楽家に混じってしまうと特別に目立った存在ではなかったのかもしれない。ヴァイオリン教師としての契約も一時途切れた事が知られている。
しかし現代の我々からすれば40年近く関係を持ち、ピエタで演奏したであろう多くの曲を残しているのだからピエタとヴィヴァルディの関係は絶大であり、ヴィヴァルディを通してピエタを理解するのも、決して的外れではないと思う。
以前書いた「ピエタ」 大島真澄 ポプラ文庫ではヴィヴァルディとヴァイオリン協奏曲集「調和の霊感」そしてエミーリアとアンナ・マリーアの2人の女性を中心として話が進められたが、今回の「ハートソング」では口のきけない少女ラウラとリコーダーそしてアントニオ神父(ヴィヴァルディ)を中心として話は展開して行く。
楽器をヴァイオリンでなくリコーダーとしたところに、この小説の性格が定まり、
もし他の楽器、例えば ヴァイオリン、ファゴット、オーボエでは別の流れになったと思われる。
もちろん実際にリコーダーを教えたのはヴィヴァルディ以外のリコーダー教師だろう。

あとがきによれば当時ピエタには800人ほどの子供が収容されていた、そのうち男子は60人ほどでやはり女子が圧倒的に多く捨てられていたのだ。
そんな中で音楽の才能を認められ「音楽隊の娘たち」として教育を受け演奏活動が出来るのは     ほんの一握りでしかない訳で、選ばれなかった子達の羨望や妬みは当然だし、「音楽隊の娘たち」に選ばれたとしても今度は内部の序列競争が激烈なのだ。 第1リコーダー スザンナ、第2リコーダー シルヴィア そして新たに加わったラウラ、彼女の上達でシルヴィアが嘆く場面がある。しかしそのような緊張感だけではなく、彼女たちを育てる事を断念するしかなかった親への思いは全ての子に存在し、それが一種の連帯感のような友情を生み出していたに違いない。
ピエタは外部には簡単には出られなかったが、施設の中では800名もの少女たちのおしゃべりや場合によっては喧嘩そして楽器の練習の音が満ちていたのだろう。

最初に読んだ時、比較的短い本なので、リコーダーを練習するラウラとアントニオ神父の物語として簡単に結末まで進んだ。しかし結末が少しピンボケのような気がした。
少し時間を置いて読み返してみた。なんだ裏側の流れもしっかり書き込んである。これなら納得。表面の流れを追うあまり、裏の流れが全く読み取れてなかった。私も石頭の頑固ジジイに近づきつつあるのだ。

気になる場所があった、「アルカンジェロ・コレリのカンタータを練習している」との記述だ。
あれ?コレッリにカンタータなどあったっけ? 確か楽譜は存在していないと思う。
しかしこのような記事を読んだことがある。・・・・・以下引用
コレッリの指揮
バッハと同年生まれのジョージ・フリデリック・ヘンデルは、弱冠23歳であったイタリア時代にオラトリオ《復活》(正式には《われらが主イエス・キリストの復活》)を発表しています。この作品は1708年の復活祭(4月8日)にローマのボネッリ宮で初演され、好評を博したため再演されていますが、初演で指揮をしたのはほかならぬアルカンジェロ・コレッリであったと伝えられています。

キリスト教と音楽  ヨーロッパ音楽の源流をたずねて  金澤正剛 音楽之友社
《メサイア》誕生物語  ・・引用ここまで

コレッリがヘンデルのオラトリオの指揮をしたという事だとすると、コレッリ作曲のカンタータというのも十分あり得る話だと思う。作者の想像力だけで書いたのではなく、何か文献の裏付けがあるのだろう。

当時のヴェネツィアの様子をもっと書き込んで欲しいとの思いはあるものの、最小限の記述に止め、ピエタとヴィヴァルディとの確執もバッサリ切り捨て、
ピエタそのものについての記述、全体の規模とか男女の比率、入所の方法、など細かいようだけれども、それを知る事により、ピエタがぐっと身近に感じられてくる、そして「後書き」で知ったのだが、ヴィヴァルディの生家とピエタが100mぐらいしか離れていないとの事、不思議な気持ちにさせられる。
添えられている絵が秀逸 、実は文章よりも絵の方が先行したとのこと、納得できる。
ヴィヴァルディのリコーダーコンチェルトも他の楽器と同様にソロ奏者に至難の要求をしている。口うるさいヴェネツィア市民の喝采を取るにはそれが必要だったし、それを演奏できる少女たちが存在したと言うことだろう。
現代の私たちがこのリコーダーコンチェルトを演奏するのは余程の覚悟が必要だが、この本を読むのは比較的簡単。ピエタがぐっと近づいて来る。おすすめです。

(注1)
正確には「ピエタ病院附属音楽院 Seminario musicale dell' ospidale della Pieta」

当時ヴェネツィアにはこのような施設はピエタを含めて4つあった。