1/25/2014

小型PA装置 MACKIE SRM150

テスト中のSRM150

小型PA装置 MACKIE SRM150
昨年のクリスマス会でPA装置を併用したが、装置全体が大きいため気軽に使用できない、もっと小型化できないかという思いで導入してみた。
Compact Active PA System とのことで、ミキサー、アンプ、スピーカーが一体化されており、もちろん電源も内蔵されている。本体をカバンに入れて一人で持ち運べる。定格出力も単体アンプに引けをとらず[100Wrms 連続] が保障されている。一体化することで各機器をつなぐケーブル類もほとんど不要となる。
スピーカーが小型になりしかも一個だけだが、メインでガンガン鳴らすのではなく、残響音の補助であればこのくらいでも良いかもしれない。
またリュートやバスリコーダーなど1~2台の場合は手軽に使用できる。

練習会場に持ち込みテストしてみた。スピーカーが小型なので音質上少し気にしていたのだが、ほとんど問題なし、リコーダーの音は超高音とか超低音などは含まれていないのだ。
残響などのエフェクターは内臓されていないが、小型で取り回しが楽なので、例えば後方の壁に反射させて残響を演出するのも面白いと思う。
通常の練習にもカバン一つで気軽に持ち込めるのが嬉しい。いろいろ使ってみれば応用も広がるのではないかと期待している。
写真はテスト中でマイクはSM57を使用、バスリコーダーは表現力はあるが、いかんせん音量がない。PA装置を併用することにより、音色音量に厚みが増えてサキソホーンのような感じで演奏できる。

以上は小型PA装置としての評価であるが、iPadなどと組み合わせて使用する場合また違った面が見えてくる。

iPadとGarageBandのようなアプリケーションと組み合わせ、ライブで使用を目指す場合、例として、GarageBandでギターや弦楽器による伴奏をあらかじめ作っておき、伴奏を自動演奏しながら、リコーダーなどの生楽器を演奏する。
このような場合、生楽器のパワーは、弱小と言われるリコーダーであってもかなりの強さがあり、伴奏がかき消されてしまう。
iPadに接続できるアンプやアクティブスピーカーは数多く発表されているが、すべてこのような目的には向かない。部屋に設置してiTunesなどで音楽を聴くだけなら便利で十分なパワーなのかもしれないが、そもそも目的が違うのだ。
その点SRM150はコンパクトタイプながら[100Wrms 連続]のスペックで。このような目的には最強の組み合わせかもしれない。
小型のミキサーが内蔵されているから、自身の演奏とGarageBandによる伴奏のレベルを最適な比率に調整できるし、たとえ武道館に出演を依頼されて巨大PA装置に接続する場合でも(私の場合あり得ない話だが)SRM150からプロ仕様のバランス伝送で送り出す事が出来る。

できればiPadの信号をディジタルで直接取り込めるようD/Aコンバーターを内蔵しているとありがたい。今後に期待します。

1/21/2014

多摩ムジカアンティカ演奏会

 
演奏中の多摩ムジカアンティカ
多摩ムジカアンティカ演奏会
2014年1月12日(日)小平市中央公民館ホール
思えばかなり変った団体だ。
私達平尾リコーダークラブが発足したころだから10年ほど昔のことになる。当時、よそのリコーダークラブとはどんなものか、あちこちの演奏会を巡り歩いていた時期があった。そんな中でも特異な印象の団体だった。
確かインターネットのKey-Mamaさんの部屋で演奏会を知ったと思う。
中世の曲をリコーダーだけで延々と演奏する。当時私はリコーダー合奏を始めたばかりだったから、作曲者も曲名もまったくなじみがない、親しみやすい曲を演奏するなどの配慮は一切なし。そしてグループをまとめている方の名前もちょっと気にかかつていた。演奏会の連絡はその後何度もハガキが届いていたのだが、つい行きそびれていたのだ。


会場は小平市中央公民館ホール、私は稲城市、どちらも東京の郊外だが、一旦都心を経由しなければならない。時間がかかるのだ。
出発に手間取ってしまい、かなりの遅刻を覚悟したのだが、なんとバスも快速急行も飛び込んでぎりぎりセーフのような感じ、乗り換えもうそのようにつながり、開演3分前ぐらいに会場に到着。

今回のテーマは「イタリア」だそうだ。プログラムにはイタリアに関係する作曲家がずらりと並んでいる。ガブリエリ、パレストリーナ、プレトリウスなど、知っている名前もあるが、知らない名前がほとんど、プログラムには曲目と作曲者を解説してあるから、それを見ながら演奏を聴くことになる。カンツォーナ、リチェルカーレ・・・・など   曲形式の解説もある。この文字情報だけでも大変なもの、読んでいるうちに曲目はどんどん進む、なんせ曲数が多い、途中休息を入れて2時間近く演奏する。一曲にかける練習時間はそんなに取れないのではないか。しかし演奏技術が高いのだろう。それと個々のリコーダーの音が美しい。リコーダーの音色そのものが美しいなどと感ずることは滅多にないことだ。会場には60人程度のお客さんが入っていたが、中央付近にいる私にも十分音は届いていた。バスの音もはっきり聞き取れた。

ふとプログラムの最後のページを見ると「日本フルートクラブ」の楽譜の宣伝が載っている。ああやっぱり・・・・、気にかかっていた代表者の名前も解決した。
その昔、プロからアマチュアまでを含むフルート愛好家たちの組織「日本フルートクラブ」があり、その会長がH氏であった。
私もフルートをやっていた時期があり、会報をもらったり、レッスンを受けたりしたことがある。しかし四畳半一間を借りて生活している貧乏学生にとってフルートは無理だったのだ。結局フルートはあきらめる他なく、フルートクラブとの連絡も途切れてしまった。それからリコーダーの誘いを受けるまで20年以上楽器の演奏をやるチャンスはなかったのだ。
フルートクラブにしても決して道は平坦ではなかったはず、休息時間にHさんに昔のフルートクラブとの関係を話したら、びっくりされていた。現在はHさんが楽譜出版などの業務を引き継いでいるらしい。
参考までにプログラムの一部を載せてみる。

Ⅰ部
A.ガブリエリ・・・ リチェルカーレ 第6番、第7番
パレストリーナ・・・ 第1旋法のリチェルカーレ
インジェニェーリ・・・ カンツォーナ
ヴェッキ ・・・4声のファンタジア
G.ガブリエリ ・・・カンツォーナ第2番
バンキエリ ・・・ファンタジア第1番、第2番
バンキエリ ・・・カンツォン第6番、第8番
フェラボスコ Ⅱ ・・・ファンタジア
アレグリ   ・・・ヴェニ・サンクテ・スピリトゥス
フレスコバルディ ・・・第三旋法のカンツォーナ
ザネッティ ・・・舞曲
Ⅱ部 省略


この団体のかなりなマニアックぶりもそれなら理解できるような気がする。私は10年あるいは40年?の心の引っかかりが一気に解決したような気がした。
写真はカメラを忘れたのでiPad miniで撮影したが、条件が悪かったのでかなりブレがある。

1/03/2014

リコーダーとPA装置

会場に設置したマイク、アンプ類

今回クリスマス会でPA装置を使用したのでそれをまとめてみた。
 
大きな体育館や屋外で、エレキバンドに伍して演奏しようというわけではない。もちろんそれも面白いし、挑戦してみる価値はあるだろう。しかし今回は併用すると言った表現が適切だと思う。
リコーダーはルネッサンスやバロック期の曲を小さな教会のような場所で演奏するのがいちばん向いているし、それはどのグループも目指している方向だと思う。
しかし教会のような演奏会場を確保するのは大変だし、そこまでお客さんに足を運んでもらうのも難しい面があるのだ 。結局近場の集会室や、公民館の視聴覚室を利用することになるが、そのような場所は、広すぎたり、壁に吸音材を使用していたりして、必ずしもリコーダー演奏に最適とは言えない場合が多い。このような場合適切なPA装置を使用して会場の音響をかなり改善できるのではないだろうか。

この場合演奏の音を直接音と間接音に分けて考えてみる。
まず直接音だけれど、演奏者から直接聴衆に届く音で、部屋の大きさとか壁の吸音材は関係ないと言える。演奏者と聴衆との距離により決まってしまうのだ。音はかなり硬質でリアルつまりやせた音、そして音量は少ない

続いて間接音だが、周囲の床、天井、壁などに反射されて耳に到着する。反射している分わずかな時間遅れが生ずる。また音の方向も前後左右あらゆる方向から到着する。
このいろいろな音に対して人間の音のセンサーである耳は多分すべて聞き分ける能力を持っているはずだが、脳の処理は異なっている。それぞれ別の音として認識するのではなく、最初の直接音で来る方向や距離を確定し、遅れて到達する間接音は直接音の一部とみなして、方向などは無視し、音そのものは最初の間接音に加えて認識する。
これはまったく理にかなった処理と言える。獲物を求めて野山をさまよっているとき、獲物の出すかすかな音が、岩や木に反射してあちこちこちから聞こえたら獲物がどこか判らないだろう。しかし最初の直接音で方向と距離を確定し、後の間接音は音量として蓄積できれば方向と距離は定まり音もはっきり聞き分けられる音量となる。

リコーダーから発せられる直接音はそのまま生かし、間接音の部分をPA装置を使用して補うのだ。補う音は残響分のようにエフェクト処理を少し加えておく。両者の比率は7:3ぐらいを考えているが会場によって異なるからいろいろ経験をつまなければならない。また若干のディレイ(時間遅れ)も必要かも知れないがプリセットのエフェクト処理に含まれていると思うので当面は考えないことにする。

使用した機材はきわめて一般的な編成となった。ダイナミックマイク5本、ミキサー2台、アンプ1台、スピーカー2台
各機器をつなぐケーブルはすべてXLRコネクタあるいはTRSフォンプラグによるバランス伝送、スピーカーケーブルは両端スピコン。(ミキサーは、マイク接続端子が不足したため、2台使用となった)

マイクは奏者毎に一本ダイナミックマイクを近接して設置する。以前同じような試みを行ったときコンデンサーマイクを使用したり2人で一個のマイクを共用したりしたが、予期せぬハウリングが起こったりして安定した運用とはならなかった。
録音とPAは目的が異なるのだから割り切ってダイナミックマイクを使用すべきだ。この種の定番マイクはSHURE社のSM57/SM58だが手元にSM57が3本しかなかったので急遽購入することになった。BEHRINGER社 XM8500を2本、 定番SM58と外観はそっくりだが値段は2000円を切る。安いが今回の目的には十分に使用できた。
定番SM57とXM8500

さてこれだけの手段を尽くして効果の方は如何に、となる訳だが、それを確認するのは思ったよりも難しい。私はスピーカーに近い場所で演奏していたので、スピーカーから残響分のような音が出ているのが確認できたから、効果は十分にあったと思っているのだが、他の演奏者達はスピーカーからの音は聞こえなかったらしいし、お客さんにしてもリコーダーの音量や会場の音響を良く知ってなければ判断は出来ないわけで、今後の課題としては、演奏者にもっと音を返す対策が必要だろう。スピーカーの位置を工夫して演奏者にも聞こえるようにするとか、場合によっては演奏者のために小型スピーカーを追加する等いろいろ実地に試して見なければならない。

それともう一つの問題は機材の運搬と設定をどうするかということ。今回もあらかじめアンプ、中型ミキサー、スピーカー2台、マイクスタンドなど車で会場に運び込む手配はしてあった。自宅から会場まで簡単に歩いて行ける距離だったのだが、残りの機材は持っていかなければならない。ケーブル類、マイク類は旅行用の車の付いたトランク、小型ミキサーと付属品は小型の肩掛けバッグ、ケースに入ったマイクスタンド2本、そのほかにリコーダーを入れた皮かばん、楽譜など入れたカバン、最後に大きなボンボを背中に背負ってよろめきながら歩き出した。信号機のない横断歩道の横に立ったらいっせいに車がストップしてくれた。車の中から私の姿を見て笑っている。・・・・・機材はなるべく少なくしたいが、むずかしいですね。

12/29/2013

第15回クリスマスコンサート終了

オカリナサークルの演奏

12月23日恒例のクリスマスコンサートが終了した。今回で15回目だそうだ、よく続けてきたものだ。
平尾りコーダークラブが結成されて最初のコンサートがこのクリスマスコンサート。以来毎年続けているわけだ。
今年も恒例のケーキ、お茶を用意した。演奏団体がひらおオカリナサークルと平尾リコーダークラブの2団体だったのは少しさびしかったかも知れない。

プログラム
オカリナサークル
ムーンリバー・・・H.マンシーニ
雪の降る街を・・・中田喜直
星めぐりの歌・・・・宮澤賢治
心の窓にともしびを・・・中田喜直
ジングルベル・・・アメリカ民謡
カントリーロード・・・J.デンバー
ふるさとは今もかわらず・・・新沼謙治
きよしこの夜・・・F.グルーバー

平尾リコーダークラブ
ジングルベル・・・J.L.ビアボンド
聖なる乙女・・・作者不詳
甘き喜び・・・J.S.バッハ
ウィロビー卿の帰還・・・J.ダウランド
隣人ローランド・・・S.シャイト
コンドルは飛んでいく・・・D.ロブレス
ホワイトクリスマス・・・I.バーリン
神のみ子は・・・賛美歌
グロリア・・・賛美歌
牧人羊を・・・賛美歌
聖夜・・・F.グルーバー
クリスマスメドレー
恒例のケーキと紅茶


お客さんもかなり集まり、毎年ケーキと紅茶の付いたこの会をおぼえていてくださる方もいるのだ。
ただお客さんの数はオカリナサークルが声をかけてくださった方が圧倒的に多い。これは両グループの姿勢の違いが現れているように思う。
オカリナサークルはお客さんと一緒に楽しむ事を大切にしている様に思う。だからコネを最大限使って演奏会に来てもらうことを呼びかけ、会場をクリスマス飾りでいっぱいにするのだ。演奏曲目もお客さん中心で選んでいるのだろう。
一方平尾リコーダークラブは自分達が演奏してみたい曲目を並べ、それがうまく演奏できるかどうかに最大のエネルギーを割いてしまう。その結果としてお客さんの勧誘まで手が回らないことになる。これは大いに反省しなければならないことなのだが、なかなか難しいことでもある。

また演奏内容とは少し違うが、会場の男女の比率はいつもながら考えさせられた。平尾リコーダークラブは女性2:男性3で女性が圧倒的に多いリコーダーの世界では珍しい存在なのだが、当日訪れた男性客は2~3人、全員合計しても女性の1割以下、これは高齢化社会に向かっていく上で由々しき問題であると思われるが、リコーダークラブにとっては手に余る問題である。

リコーダーでPA装置
今回上記プログラムのホワイトクリスマス以降はPA装置を併用した。これは観客の方達により楽しんでもらえるための音量と音色を求めての試みだったが、詳細は別ブログで報告するつもりです。

12/27/2013

ワープ発表会


12月22日ワープの発表会が終わった。
この会場は個人が提供してくれている会場で、多くのグループが使用している。
今回は32グループが演奏した。内容は多彩で、オカリナやウクレレなどの器楽だけではなく、歌やフラダンスのようなものも含まれる。私はループというフォルクローレのグループで参加した。このようにいろいろな方たちが集まっている場だから、全く異なる楽器の練習を覗く機会も多く、交流も盛んなようだ。

そんな訳で他のグループから応援に来てもらう事は簡単なのだ。そしてうまく行けばそのまま定着してしまう事もある。私達のループも当初はケーナサークルとしてスタートしたのだけれども、ギター、パーカッション、ヴォーカルなどが加わり、編成だけはフォルクローレグループの形が整ってきた。さらに今回はボンボ奏者が都合で参加できないのが当日わかったのだが、代役もすぐにお願いできた。
今回の演奏曲
クヌミシータ、サリーリ、プルルーナス。

演奏のレベルもそこそこ上がってきたし、ギターがしっかり支えてくれるので、細部は色々ほころびもあるかもしれないが、まあそれらしい演奏にはなったような気がする。今回選んだ「大福」ケーナも慣れたのか少し細く指穴も小さめで扱いやすいと思った。サンポーニャについてはプルルーナスで出番があったが、テンポが早かったせいか、ほとんど音を出せないうちに曲が終わってしまった 。

これだけいろいろなグループの演奏があると普段知る機会がない楽器などの演奏に触れることができるし、そんな中でキラリと光る演奏に遭遇することが有るのだ。今回はヴァイオリンの迫力に度肝を抜かれたが、その伴奏を急遽引き受けて、微塵も揺るがずやってのけた「I」さんのギターもわかってはいたけれど改めて凄いと思った。そのほかボイストレーニングの方達の歌と一緒に演奏したフルートは、よく鳴っていて美しかったし、フラダンスの先生もビックリするほど見事でした。私達が出演した2部(1~3部中)のみの感想です。

12/16/2013

中南米におけるルネッサンスリコーダーの痕跡-4 ワマン・ポマの挿絵


No.368インディオから情報を収集するポマ

今回はワマン・ポマの「新しい記録と良き統治」の挿絵ついて検討する。

「新しい記録と良き統治」
著者のワマン・ポマはペルー  クスコ出身のインディオ
親族より教育を受け読み書きができた。
 神父の助手を勤めて各地を回り、見聞を広め、キリスト教的世界観を持つに至った。
現地の非人道的な統治に苦しめられるインディオを救うためには、過去のインカの時代に戻すのではなく、正しいキリスト教的世界を実現することこそが、その目的に叶うと彼は考えたのだ。
そのため、
スペイン本国に直訴する事を決意し、この原稿を書き始めた。ペルーを放浪しながらおよそ30年かけて完成し、年齢も80歳を超えた。フィリペ二世に送るつもりだったが、それはかなわなかったらしい。スペイン本国でも民衆が圧政にあえいでいることなど知る由も無かった。

原稿は一旦歴史から消えてしまった。そして約300年後、1908年デンマークの図書館で発見されて日の目を見たのだ。どのような経路でデンマークの図書館に保管されるに至ったかについては多いに興味がわくところだが、ここでは取り上げない。

モトリニーア神父の布教史は、侵略する側から書かれているが、ワマン・ポマの「新しい記録と良き統治」は侵略されたインディオの側から書いてある。
さらに
500点以上の挿絵が添えられていること。これを単なる漫画と考え、自分の著作のあちらこちらに、飾りとして使用しているアンデス関係の著作を見たことがあるが、ポマに対して礼を失していると言わざるを得ない。
文字を持たなかった民族の絵に寄せる執念はテレビや新聞、各種出版物、に溢れる時代にドップリつかっている我々にとって想像もできない世界があるかもしれないのだ。
これは一見稚拙なようであるが、要点を押さえ大胆にデフォルメしてあるのだ、
現に最初に載せた民衆から話を聞くポマ自身の絵は、履物や頭飾りを描き分けることによって4つの異なる地方の人々を表しているそうだ。その他ちょっとした服装の違いで職業を表していたり、十字架を身につけているか否かとか、細かく書き込み、それに意味を持たせている可能性は十分あることは間違いない。
それでは楽器に関すると思われるいくつかの挿絵に絞って検討してみる。
No318 ケーナの演奏


挿絵全体を通して見ると、楽器を演奏している挿絵はそれほど多くはない。この原稿の目的にからしてそれは理解できる。太鼓だけとか伝令の法螺貝のような挿絵を省くと、(No.870)弦楽器が一点、(No318)ケーナらしい笛を丘の上で演奏している(これはテブノーが自著のケーナ曲集の表紙に使用している)、(No.675)リコーダー一本と他の楽器、種類不明なチャルメラ風楽器、(No680) 最初のブログでも取り上げた聖歌隊の少年達がリコーダーを持っている。













サルヴェ・レジナを歌うインディオの少年達





まず最初に気づくことは、少ない数の挿絵で断定はできないのだが、横笛らしい挿絵が一点もないことだ。そして明らかにリコーダーと思われる挿絵が2点、これだけでも「フルート」がリコーダーを指している事の証拠のように思われる。
では聖歌隊がリコーダーらしい楽器を持っている挿絵を検討してみる。中央の少年が持っている楽器の部分も拡大しておく。

挿絵の説明文がサルヴェ・レジナを歌っていると曲名まで書き込んでいる。
聖歌隊の少年達の顔だが、西洋人の顔ではなく、日本人の我々が見ても現地インディオの少年を思わせる顔つきである。省略やデフォルメはあっても的確に表情をとらえているのだ。ポマの優れた描写力がうかがえる。





リコーダーらしき楽器の拡大写真を見ていただきたい。吹き口付近は削られて薄くなっている。窓の部分もしっかり書き込まれている。指穴もしっかり加工されている。そして下側の先端部分は少し裾広がりになっている。これでもリコーダーでないと主張できる人が居るとは思えない。正にルネッサンス型のリコーダーそのものように見える。なぜこのように正確な描写なのだろうか。
たとえばケーナについて考えてみると、ポマを含むインディオにとってケーナの構造など自明のことなので、棒状の楽器を構えていればそれはケーナなのである。(NO.318)
ところがリコーダーを表現するとなると、特徴をしっかり描かなければならない。
ポマは少年たちが清らかに演奏している「フルート」を手にとってケーナとの違いの説明を聞いたに違いない。そうでなければこれだけ的確に特徴を描ける訳がない。
私などポマがリコーダーを演奏できたのではないかと思ってしまう。それほどこの挿絵はリコーダーの特徴をとらえている。

ポマはこの著作の中で統治する官僚たちや場合によっては司祭や伝道師までもがインディオの抑圧に加担していることを告発しているのだ。この原稿が破り捨てられずに後世に残ったことは奇跡に近いことではないだろうか。
ポマの立場はかなり微妙である。過去のインディオの統治には見切りをつけ、かつスペインの統治に対しても激しく告発している。
そのような立場をずっと堅持するのはかなり微妙な部分もあり、批判も浴びたことだろう。


ポマが「キリスト教的世界観」を堅持しつつ著作を書き続けられたのは、教会や身近にいる神父達の影響が大きいのは当然としても、音楽からそのエネルギーを受けていたように思う。
インディオの少年達によるオルガンのようなリコーダーの合奏、それに続いて湧き上がる美しい歌声にインディオの未來を重ね合わせたのではないだろうか。
だからこの一枚の挿絵を曲名まで添えて著作に加えた。
リコーダー愛好家の私にとってはそのように思われるのだ。

図版は
・Guaman Poma de Ayala,F,. El Primer Nueva Coronica y Buen Gobierno(1615)
{ワマン・ポマ 「新しい記録と良き統治」]

この原稿はデンマーク王立図書館で公開されている Guaman Poma

11/29/2013

中南米におけるルネッサンスリコーダーの痕跡-3 ヌエバ。エスパーニャ

ワマン。ポマによる挿絵(少年達が読み書きを習っている)

ワマン・ポマの挿絵とモトリニーア神父の文章を組み合わせてリコーダーの存在を主張するなど、かなり無茶とも言える話の進め方だ。両者はほぼ同時代ではあるが、ワマン・ポマはペルー国内の伝聞を元にしているし、モトリニーア神父はメキシコ付近で布教活動をしていたのだ。しかしスペインの教会、イエズス会やフランシス会の布教の一環としてのスペイン語や音楽の教育方針はほぼ共通だったのではないかと想像できるし、ラテンアメリカ・・の著者である山本氏もそのような組み合わせてを選択しているのでこの路線でもう少し話を進めて見たい。

モトリニーア神父による「ヌエバ・エスパーニャ布教史」は中米に派遣されたフランシス会の神父の本国への報告書である。
モトリニーアの名前はメキシコのナワ語で貧乏人を意味するそうだ。
本国のスペインから送り込まれて来たフランシス会の12名の修道士たちが、ボロボロの修道服なのを見て、現地人たちが「モトリニーア(貧乏人)」とささやきあうのを聞いてそれを自分への呼び名に取り入れたのだそうだ。本名はトリービオ・デ・ペナベンテ修道士。
実際に見聞きしたことに若干誇張した部分があるにしても、全体の流れは、異文化を見下したりすることなく、好奇心、行動力そして驚き、場合によっては賞賛も込めて記述している。興味深く面白い事柄も多いのだが、このブログでは、リコーダーや音楽に関わると思われる項目を抜き出してみる。核心部分は前述の山本氏の引用部分と同じだが、それ以外の部分も取り上げてみる。少し長くなるが、お付き合いお願いします。「」内が引用部分で、”・・・・”は省略がある事を示している。

   <以下引用>

「第3巻第12章 教えられることはなにごとによらずおぼえてしまう原住民の優れた才覚と器用さについて。彼らは目にしたものはすべてほどなく自らの手で行うようになる」より

「原住民が物事の呑み込みが早いだけではなく、物事を注意深くじっくりと観察する目を具えており、しかもほかの国の人間のように尊大なところも無く、見栄も張らない。」・・・「スペイン語とラテン語の読み方をおぼえるにはたいした時間は要しなかった。」・・・
と賞賛した後 引用された歌に関する文章が続く。引用で省略された部分も書き出してみる。
「3年目の年私たち修道士は原住民に歌を歌うことを教えた。」・・・・「最初に歌を教え始めたのはある老齢の修道士であったが、その時の模様は全く傑作だった。まずこの老修道士は原住民のことばについてはほとんどのまったくなにも知らず、スペイン語しかはなせなかった。にもかかわらず、彼は相手がまるでなんでも聞き分けできるスペイン人であるかのように、懇切丁寧な口調できちんとした内容の説明を原住民の少年たちに対して行うので、彼の話を聞いているわれわれの方がなんとも笑を抑え切れずに困った。他方、少年たちの方はといえば、老修道士が一体何を言おうとしているのかを理解しようと口をポカンと開けたままじいっとそのことばに聴き入っていた。ところが驚いたことには、最初のうちこそ少年たちはなにひとつ老修道士の言っていることも分からず、また通訳をしてくれる者もいなかったにもかかわらず、ほんのしばらくすると少年たちの方が老修道士の言うことを理解するようになり、その結果、立派に歌をおぼえてしまった。
今日では少年のなかには聖歌隊の指揮ができる者がいくらでもいる。優れた才能と大変な記憶力に恵まれた彼らは、自分たちの歌う歌のほとんどを暗唱しており、歌っている最中に楽譜の順序が乱れていたり、楽譜が床に落ちるようなことがあっても、このために歌が途切れたり音が誤ったりするようなことはない。」・・・(少年の聖歌隊員の一人がミサ曲を完成させたエピソード)・・・
原住民はオルガンの代わりに沢山のフルート[注]を使って音楽を奏でる。彼らのフルートの協奏はハーモニーが見事なうえにフルートの数が多いので、本当のオルガン演奏かと思えるほどである。
こうしたオルガン曲を彼らに教えたのはスペインからやってきた幾人かの音楽士であった。音楽士の一行がやって来た時、全員をまとめてその宿舎から食事までの世話をしようという人がここでは見つからなかったので、われわれ修道士が原住民と話をして、音楽士たちを数名ずつ幾つかの村に分けて引き受けてもらった。そして相応の謝礼をする代わりに、音楽を教えてもらうように取り計らったので、この時に原住民は音楽を習う機会を得た。フルートのほかに彼らはチリミーア(クラリネットに似た木製管楽器)[注]も作る。ただし、いまのところはまだその本来の音は出ない。フルートの吹き方を知っていたある原住民の少年がテワカンの町で、ほかの原住民にその吹き方を教えたところ、一ヵ月で全員がミサ、晩祷、聖歌、マニフィカト、モテトなどの伴奏ができるようになり、半年もすると立派に一人前のフルート奏者が誕生した。・・・」
「・・・・(原住民がリーベックを作り演奏もできるようになった)・・・」

「第3巻第13章」 「・・・・バンドゥーリア(形はギターに似た12弦楽器で音色はマンドリンに近い)、バイオリン、ハープと言った楽器類も実に多種多様な細工や飾りの付いたものを作り出す。・・・・・・フルートにしても彼らが造ったものは非常に音色がいい。・・・・・」
   <引用終わり>

注(後藤)
フルート ここでは全て、横笛のフルートではなく、ルネッサンスタイプのリコーダーを指すと思われる。
チリミーア 「クラリネットに似ている」となっているが実際はオーボエの様なダブルリードを使用するショームの一種、チリミーアがチャルメラに近い発音であることに注意。
リーベック 洋ナシのような形、通常3弦で弓で弾く

色々な楽器が持ち込まれ、そしてそれらが現地で作られた事がわかる。パンドゥーリア、バイオリン、ハープ、チリミーア、リーベックなどは民間で個人的に使われたのだろう。しかし教会の中では、ミサ、晩祷、聖歌、マニフィカト、モテトなどの伴奏をするため少年達に教える必要があったのだ。

フルートがリコーダーの事を指しているのは間違いがないとおもわれる。沢山の楽器を使ってオルガンのような演奏をするとの記述、テワカンの町で吹き方を教えたところ全員が一ヶ月でミサなどの伴奏ができる様になった。等
本国のスペインでもリコーダーの合奏はさかんに行われていたと思われるし、原住民の少年達に初めて音楽を教える神父の立場で考えてもリコーダーが最良の選択肢であることは当時も今も変わらないのではないか。

多くの職人が中南米に渡って来たことが書かれている。仕立屋、馬具職人、金銀細工師、・・・その中にはリコーダー製作者も混じっていたし。その指導を得て現地でもリコーダーが生産されていたに違いない。「彼らが作ったフルートは非常に音色が良い」との記述もある。
またかなりの数が必要なはずだから量産されていたのだろう。場合によっては竹で作られたリコーダーも存在したかもしれない。この件は後で検討したい。

ここでの写真もワマン・ポマの挿絵を使用させてもらう。
少年達が読み書きを学んでいる。左側の譜面立てに乗っているのは楽譜だ。五線譜とト音記号らしき模様が見て取れる。音楽も習うのだろう。

今回の引用は下記による
モトリーニア 「ヌエバ・エスパーニャ布教史」(小林一宏訳))岩波書店 1979

11/24/2013

大福ケーナ入手

2本のケーナ、奥はアハユ リグナムバイタ製、手前は大福ケーナ

リコーダーと違ってケーナは比較的安く、音色や音の出やすさなど個性がある。
普段ケーナの音に苦労しているが、簡単には上達しない。そんな時新しいケーナに出会うと、音色がちょっと個性的だったり、高音が楽に出そうだったりすると、つい買ってしまうのだ。
先日もフォルクローレグループの I さんが大阪へ出張してケーナを何本か持ってきてくれた。大阪で食堂を経営している女性が作っているのだそうだ。
ちょっと細めで口が合わないため音が出ない。しばらく吹いていると少しずつ音が出るようになった。ピロピロと独特の音色、使えそうな予感がしたので購入してしまった。

写真
茶色の木製ケーナはアハユ リグナムバイタ製 いかにもボリビア製らしく太くて指穴も大きい、そのまま吹くと音程がかなり低い。それをビューと吹き上げて高音に引っ張りあげると実に良い音がする。音程もA440Hz にほぼ合わせることができる。ただ私にとっては高音が少し出しずらいのだ。
3年ほど前新百合ヶ丘駅前でフォルクローレを演奏していたリチャード・コタ氏と親しくなりこの楽器を試奏してもらったことがある。彼はすばらしい音色で演奏した後、これはプロフェッショナルケーナだと絶賛してくれた。私は当時より多少は上達したはずだが、未だに手こずる部分がある。

手前の竹製ケーナは今回入手したケーナ、裏側に大福の焼印がある。細めの管で指穴も比較的小さい。
音程は引っ張りあげなくても、ほぼ440Hz でまとめることができるし高音も出やすい。音色は泣かせる音が比較的出しやすいような気がする。

プロフェッショナル達は多彩な表現と音量を求めて太い管のケーナを吹きこなすのだろう。もちろん我々アマチュアもそれを目指すのが王道なのだろうが、大福ケーナのような道もありかもしれない。しばらく取り組んでみようと思う。

入手した楽器は一見何の飾りも無い竹製のケーナだが、細かく観察すると吹き口部分、指穴、先端の節の部分など細かく配慮されているのがわかる。手馴れたそして女性らしい神経の行き届いた楽器と見た。後で聞いて分かったのだが、竹の材料で9年間寝かせてから加工したとのこと、10年物のケーナだそうだ。
YouTube 製作者の竹田さんが演奏している。