7/01/2015

EWIがやってきた

AKAI EWI4000s と MACKIE SRM150 ソプラノとアルトリコーダー


EWI (electric wind instrument)  
リコーダーのソナタなどを演奏するとき、通奏低音としてチェンバロとかビオラ・ダ・ガンバなど演奏者をお願いしなければならない。またバッハのカンタータなどをリコーダー合奏にアレンジする場合も、リコーダーだけだと同じ音色になってしまうので、オーボエやトランペットなど異なる音色が欲しくなる。その都度奏者をお願いできれば良いのだがそんなことは出来るわけもない。
じつは、ヴィオラ・ダ・ガンバならなんとか演奏出来るのではないかと思っていた。

ヴィオラ・ダ・ガンバはチェロをひと回り小さくしたぐらいの大きさでコントラバスのような”なで肩”だ。それにチェロと比べると外観がちょっと貧相のような気がする。
平尾雅子門下生ヴィオラ・ダ・ガンバ発表会 2015年6月7日 近江楽堂

Facebookで知り合った若いガンバ製作者の"I"さんの情報だ。

弦は7本で指板の途中までフィレットがある。
そんな形態から想像して、フィレットに頼りローポジションで開放弦も多用するおっとりした演奏ではないかなどと考えていた。


しかしそれはプログラムの最初の数曲だけで、あとは楽器がガンガン鳴り出す。フィレットの無いハイポジションにもどんどん指は移動する。それと弓を持つ右手の動きが華麗。"I"さんも若い達者な奏者と組んで見事な演奏を披露してくれた。通常 製作者はおとなしい演奏をするような思い込みがあったがそんなの全く関係ない。実に頼もしい演奏者でもあった。
演奏は素晴らしかったが、私にはいまさら無理な世界とあきらめるしかなかった。

鍵盤のキーボードが操作できれば、簡単なシンセサイザーでとりあえずの目的は果たせると思うが、ピアノの心得が無いので一本指操作から抜け出せない。
そんな折EWI(イーウイ)を見つけた。木管楽器タイプのシンセサイザーで運指もリコーダー風に出来るとのこと。

リコーダーの演奏を改めて振り返ってみると結構大変なのだ。音域は通常2オクターブと2音と言われているが、高音部は複雑な運指の上発音自体もかなりバランスを必要とする。低音部だって深い安定した息でしっかりささえないと、満足な音が出ない、では
中音部は野放図に吹けるかと言えば、そうではない。上下の音とバランスをとるため中音部もしっかりコントロールする必要がある。ところがEWI(イーウイ)はドイツ運指の1オクターブ目とよく似た運指を繰り返すことで8オクターブもカバーしてしまうのだ。便利を通り越して堕落かも。開けてはいけない玉手箱を開けるような気がする。

機種はAKAI  EWI4000s  YAHOO オークションで入手した。
ソプラノサックスとサイズは似ているらしいが、リコーダーと並べてみた。
実際にリコーダー合奏の中で使用した感想は今後レポートするつもりだが、とりあえずの演奏出来る体制にするために必要なな機材。
1、本体  EWI4000s
2、アンプとスピーカー   MACKIE SRM150 アクティブスピーカーシステム
3、電池  単三4本  ニッケル水素電池 (エボルタ)
4、1/4 フォン ケーブル 
他に音色をedit するためにはmidiに対応したオーディオインターフェースやmidiのケーブルが必要になるが、こちらは別途考えることにする。
フォンケーブル、エレキギターでも使用しているので、いろいろ品数は豊富だが1000円以下の格安品はヘナヘナ部品で心もとないし、3000円程度の(一見高級品)にしてもケーブルに無酸素銅 (OFC)にピカピカメッキのプラグも値段は高いが、構造は格安品とあまり変わらない。半田付けができるなら自作をお勧めする。

このような場合、通常は一芯シールドを使用するが、信号は芯線を通って送り出される。帰りは?、シールドに使っている編線を通るしかない。なんたる不公平、シールドに使っている編線が入口から出口まで一本でつながっている保証は無いから接触抵抗だらけ、芯線だけ無酸素銅(OFC)だの純度99.999・・・%などと吹聴し、金メッキで飾り立てても、効果ありとはとても思えない。
使用により音が良くなるような記述まであるが、
一種のサギのようなものだと思える。原音より音が良くなるはずはない

私は・・・・・・1500円程度で自作した。
プラグは Neutrik社 NP2X  NP2RX 一方はストレート、楽器側はL型、ケーブルは一芯シールドではなく、バランス伝送に使用する2芯シールド、カナレのマイクケーブル L-2T2S、

プラグの図面はN社のサイトからダウンロードできるし、線材の加工寸法なども記載されている。
二本の芯線の片方(青)をプラグのチップに、半透明をリングに接続した。シールドの編線は信号送り出し側でもあるEWI側つまりL型プラグのみリングに半透明の芯線と一緒に半田付け、逆サイドはオープンのまま。

実は各機器のアースを接続することはちょっと怖いこともある。各機器のアースの電位が同じではないためループ電流が発生したり、極端な場合は金属部分を触るとビリビリ感電することもある。 これは電源の設計の違いや、各国のAC電源のアースのとりかたの違いによる訳だけれども、使用する我々にはブラックボックスなのだからどうしようもない。私のようにケーブルに小細工しても必ず効果があるとは限らない。 実際に使用してみればまた別の問題も出ると思うけれども、このブログで取り上げて行きたい。

バロックピッチへの対応
冒頭でも通奏低音に使用したいなどと書いた、まだ実際に使用した訳ではないが、スペックシート上で調べると、
A音=440Hzを416Hzまで変更可能、415Hzにはちょっと届かないが、これでもなんとかなる、またトランスポーズの機能を使えば半音低い調に移動することもできるので、これでも対応可能と思う。平均律に固定されている問題点は実際に使用してみなければわからない。

6/06/2015

フィアウティ・デコーその2

以前ブランデンブルグの4番でフィアウティ・デコー(エコーフルート)を再現した楽器での演奏をブログで紹介した。Voice of Music; original instruments 
その記事をフェイスブックでも紹介したところ、反論の書き込みがあった。それは楽器ではなく演奏形態でエコーを表現するべきではないかとの意見であった。そのままここに転載することも出来ないので、概略を記す。

----------------------Facebookへの書き込み----------------------------
『そのような楽器を作って演奏している人たちも存在するけれども、エコー楽器の指定は現代まで色々例があるが、離れたところで演奏しなければエコー効果はないのではないか。バッハの時代はすでにリコーダーは持ち替え楽器ですから誰でも演奏出来たはず』としていろいろな議論があることも紹介してくれた。

それに対する私の意見(反論)
『エコー効果だけ考えれば他の楽員が離れた位置で演奏するとか、演奏者自身がその楽章のときだけ移動すれば簡単だし音響的にも視覚的にも変化があり楽しめる。実際の演奏や録音でもそのように行われた例があることは十分承知していますし、実質的にはそれも良いと思います。
しかしバッハ自身が 二つのフィアウティ・デコー とわざわざ書いていること、それらしい楽器が現存していること、第二楽章のアンダンテでは"f"と"p"が交互に指定されているのでこの場所がエコー効果必要な場所と思えるのですが、二つのフィアウティ・デコーのパートが"f"も"p"も連続して演奏するように書いてあること(離れて演奏するなら"p"部分だけの演奏でよいはず)  など考慮すると楽器自体でエコー効果をねらったと思いますし、バッハもそれに期待を持っていたのではないでしょうか。』

-----------Facebookでのやり取りは以上です----------------

確かに今回オリジナル楽器を再現したとして演奏している録音は、私が聴いてもそれほど絶大な効果があるとは思えない。(演奏者としては異なる見解かも)
それならば離れた場所で別の奏者が演奏すればエコー効果は簡単に実現できるし、視覚的にも楽しめる。それこそバッハの望んだことなのだと言うのがその方の主旨であると思う。

結局バッハは楽譜に二つのフィアウティ ・ デコーと書き、それらしいい楽器が何点か残されているだけである。バッハ自身によるブランデンブルグ4番の楽譜を2枚示す。



















最初の楽譜は第一楽章アレグロの最初の部分で題名とパートの指定が書いてある。Fiauti d'Echo は2段目3段目である。
"Concerto 4to à Violino Principale, due Fiauti d'Echo, due Violini, una Viola è Violone in Ripieno, Violoncello è Continuo."
独奏ヴァイオリンと二つのフィアウティ・デコーの為の協奏曲第4番  二つのヴァイオリンと一つのヴィオラ・ヴィオローネ、チェロと低音を伴う



















二番目の楽譜は第二楽章アンダンテの始まる部分。パートの書き込みは無いがアレグロと同じ2段目3段目がFiauti d'Echo 
強弱の指定がp--f--p--f と4回も書き込まれている。

その結果として二つの立場が考えられる。
⑴あくまでそのような楽器を再現してみる。
⑵エコー効果を実現することだけに着目し離れた位置で演奏する。
しかし私はバッハが(1)の楽器そのものでエコー効果を出すことを考えたと思う。
現代に生きる私たちからすると結果がすでにわかってしまった。2本の楽器を一台の楽器として使用してエコー効果を出すやり方は、一時的にバッハの興味を引いたものの、他の曲に応用されるとか、楽器自体を改良するとかの発展はなく、そのまま忘れ去られてしまった。袋小路だったのだ。
その点チェンバロやトラベルソの改良はピアノが生まれたり、ベーム式フルートに発展したりして現代につながり大輪の花を咲かせた。
当時はニュートンが活躍したり、ワットが蒸気機関を発明したり、発明や工夫が巷にあふれていたのだ。もちろん後世に多大な影響を与える発明もあったが,そのまま消え去ってしまった発明も多かったに違いない。その一つとして残念ながらフィアウティ・ デコー(エコーリコーダー)も埋もれてしまった。そもそもリコーダー自体が一旦は歴史の表舞台から消えてしまったのだ。

だからブランデンブルグの4番を聴くときは、普通のリコーダーで当たり前の演奏とか、楽器を再現しての演奏、あるいは離れた場所で演奏 など色々な演奏がある。それをそのまま受け取るのではなく、バッハの思い、そして時代の流れを思い出しながら聴くのがより味わい深い味わいとなるだろう。


ちょっと気になったので、楽器屋へ寄ったときスコアのコーナーに行ってみた。Z社の「ブランデンブルグ・・・」があった。スコア自体は新しいが、版は古そう。第4番の始まりの部分でパートを確認すると、Flute 1・/Flute 2 となっており、フィアウティ ・ デコーなどの記載は全く無い。ただ注意して探すと前書きの中に曲の説明があり、バッハはブロックフレーテと記入したとあった。ここでもフィアウティ ・ デコーのことは一言も触れていない。多分このスコアを出版するにあたってドイツ版?のスコアを参考にしたと思われるが、当時の一般常識はこの程度だったと思われる。
今は手元にないので確かめようが無いのだが、当時購入したLPレコードは2本のモダンフルートが競走するように駆け出し、ヴァイオリンがさらに上回るようなスピードで追いかける・・・そんな演奏だったような気がする。

さきに紹介した再現楽器による演奏は、リコーダーだけではなく、弦楽器などもバロック楽器を再現している。手間ひまかけた贅沢な演奏なのだ。もう一度じっくり聴いてみよう。

5/24/2015

warpでの練習「草原のマルコ」

チャランゴ2台

先日はwarpでのフォルクローレの練習。私はケーナで参加している。
ケーナサークルとしてスタートしたこのグループも強力なギターや打楽器奏者を迎えることができ、とりあえずフォルクローレのグループとして活動をしているのだが、肝心のケーナやチャランゴの演奏テクニックがイマイチで伸び悩んでいるのが、悩みだ。
今回用意した曲の中に「母を訪ねて三千里」の主題歌「草原のマルコ」がある。フォルクローレではないのだが、南米が舞台のストーリーだし、歌にケーナが絡んだりするので、この種のグループでは時々演奏されるらしい。
このアニメがテレビ放映されたのは1976年だそうだが、39年前となるわけだ。私は長男といっしょに見た。子供の頃見た人や、まだ生まれてなかった人もいる。これだけ長期間歌い続けられるのは、名曲と言えるだろう。

歌がメインとなるので、シンガーソングライターの梢さんに参加してもらった。ここwarpは色々なジャンルの方達が関係しているので、そのようなことが比較的簡単に出来るのがすごい。
彼女はこの曲を聴いたことがないはずだが、ピシリと見事に決めてくる。さらに音程など疑問があるのかピアノで音を出してチェックしている。なんか音楽に対する姿勢の違いを見たような気がした。

あと今回は「コンドルは飛んでゆく」をやる。いままでは二部形式でやっていたが、今回は中間部も省略せず三部形式で演奏する。ヤラビ(Yaravi)-パサカージュ(Pasacalle)-ワイノ(Huayno) 南米のグループも二部形式で演奏するところと三部形式で演奏するところがある。原作者のロブレスはコンドルカンキというインカの英雄を讃えるオペラのために作曲したのだが、オペラはあまりにも政治的すぎるためか、演奏されなくなり、「コンドルは飛んでゆく」の部分だけが、サイモンとガーファンクルの歌に使われたりして、世界的なヒットになった。中間部も演奏することで、元のオペラの雰囲気に少しは近づけるような気がする。
(コンドル・・に関しては過去のブログにも書いているので興味のある方はどうぞ)

次回のwarpの演奏会は7月19日 あと一回は練習日が取れるからなんとかまとめられるでしょう。

今回手伝ってくれる梢さんがwarpで歌っている動画がYouTube にあったので紹介します

5/19/2015

贅沢な練習


土曜日は平尾リコーダークラブの練習日だったが他の部員の都合が悪く、せっかく確保した部屋をキャンセルするのはもったいない。私一人で使わせてもらうことになった。ウシシ大歓迎!
ここのところあちこちに顔を出しているので、おさらいしなければならない曲が増えてしまい、ちょっとあせり気味だったので、まさに天の恵み。パートもいろいろあるとは思っていたが、、結局ソプラノからバスまで全部必要だった。さらに翌日はフォルクローレの練習日だったので、ケーナも加えた。

ここは団地の集会室、時々練習に使っているが、響は良い。なんか一人で使うのは少し申し訳ないような気がしたので、部屋の半分の照明は消し、エアコンも使用しなかった。椅子と机を出し、あとはひたすら練習、4時間はたちまち過ぎてしまった。普段の練習は合奏だけ繰り返し、なんとなくそれで出来たような気がするが、これだと出来ない部分はいつになっても出来ないままになってしまう場合がある。

また合奏で確認したい場合は、iPodに練習が録音されているので、聴きながら合奏できる。カナル型の イヤホンだと自分の音が少しききづらいので、片側を少しルーズに装着することにより録音と自分の音とのバランスを取ることができる。


何箇所かの難しい部分が出来るようになったし、演奏テクニックも(ほんの僅かだけれど)前進出来たような気がするのも嬉しい。プロの演奏者達は毎日こんなことをやっているんだろうな。

5/05/2015

フィアウティ・デコー

私の試作したフィアウティ・デコー

J.S.バッハにはリコーダーのソナタがない。カンタータなどで効果的に使用されている場合もあり、リコーダーが嫌いだったわけではないと思うが、作曲する機会がなかったのかも知れない。そんな中でブランデンブルグ協奏曲の4番や2番はリコーダーを使用している。古い録音の場合フルートが使用されていることが多かったが、最近はリコーダーを使用し他の楽器に伍して堂々と演奏しているのは実に頼もしい風景なのだ。録音されているCDには他の楽器の演奏者と一緒にリコーダー xxxxと演奏者の名前が印刷されている。
しかしここで重大な疑問があることをご存知だろうか。

バッハはリコーダーのパートを通常イタリア語でフラウト(Flauto)、フィアウト(Fiauto),複数ではフラウティ(Flauti)、フィアウティ(Fiauti)のように書いているそうだ。
ところがブランデンブルグの4番の場合ちょっと変わったことが書いてある。
Fiauti d'Echo フィアウティまではわかる。リコーダーの複数だ。デコーは何? 
フィアウティ・デコー  これでエコー リコーダーの意味だそうだ。
バッハ手書きの楽譜を見てみる。
バッハ手書きの第一楽章

第一楽章の上の部分に記入されている題名

"Concerto 4to à Violino Principale, due Fiauti d'Echo, due Violini, una Viola è Violone in Ripieno, Violoncello è Continuo."
独奏ヴァイオリンと二つのフィアウティ・デコーの為の協奏曲第4番  二つのヴァイオリンと一つのヴィオラ・ヴィオローネ、チェロと低音を伴う

リコーダーは歴史の表舞台から一旦は消えてしまいドルメッチによって再興された楽器だ。だから演奏法や製造方法なども一旦途切れてしまいゼロから再構築されたのだと考えて良いと思う。フィアウティ・デコーもその一つだ。リコーダーが2本一組となってつながっている楽器が幾つか発見されているが、これがフィアウティ・デコーだと考えられている。
リコーダーを弱く吹くと音程が低くなってしまうのはリコーダーの性質で仕方がないと思われているわけだけれどもこれを解決する一つの方策がこれなのだ。

2本の楽器を用意し、一方を弱く吹いても音程が下がらないように少し高めに調律しておく。もう一方は通常の調律なので通常はこちらを使って演奏する。弱音が必要なときは高めに調律してあるほうに持ち替えることにより、弱音でも音程を保つことができる。

当時の楽器の写真を掲げておく。2本の楽器がH形に結合されている。

ブランデンブルグ協奏曲はケーテン時代に完成されて演奏されていたらしいが、バッハ自身がこのような2本のリコーダーを使用する奇策な方法を考案するはずもなく、バッハの目の前で器用に2本のリコーダーを演奏して見せた奏者がいたに違いない。バッハはこれにいたく感動し、早速採用したのだろう。第二楽章に強弱の符号が頻繁に現れるから、ここでこの楽器を使用したに違いない。謹厳実直で頑固そうなバッッハがOKしたのだから大変なことなのだ。しかしバッハはそれだけではなかった。何年か後にブランデンブルグ伯に協奏曲を清書して献呈した時にもこのことを忘れず、協奏曲第4番には2本のフィアウティ・デコーを指定したのだ。これはバッハの就職活動の一環と考えられているが、なぜかこの楽譜は棚にしまわれたまま使用されることがなかったらしい。後世発見されて綺麗な未使用の楽譜として見ることができるのもその為だけれど、バッハとしては悔しかったに違いない。

この楽器を再現した演奏がある。以前全曲の演奏を紹介したことがあるが、今回は該当の第二楽章のみの演奏を紹介する。
楽器はPeter van der Poelとフォンヒューネワークショップによって作られ、2本の楽器がV形に結合されている。
2本の楽器は発音の強弱だけではなく音色も差が出るように調整されているとのことである。

H形とV形 
バッハ時代は2本の楽器を平行に並べていたので(H形)持ち替えるのは右手と左手で2動作必要となる。
ところが今回再現された楽器はV形に結合されている。ビデオを観察すると左手については通常に持ち替えているが右手は持ち替えることなく指を伸ばしたり縮めたりして楽器を切り替えているのだ。つまり全体で1.5動作で楽器を持ち替えていることになる。
ビデオの二人の奏者はいとも簡単に楽器を持ち替えているので、それならばと私も試して見たくなって試作してみた。
2本の楽器のメーカーも違うし縛ってある紐が目障り、演奏して見ても楽器は重いしバランスは悪い、持ち替えも大変、正確な音程どころではない。残念ながら断念するしかなかった。

5/04/2015

ウインドベルへお邪魔する

BWV68 バスパートを担当

バッハのアレンジを演奏しているウインドベルというグループがある。ちょっと毛色の変わったグループだ。
今回フレンドシップコンサートに参加してもらったことがきっかけだと思うが、まとめ役のTさんから連絡があり、「ちょっと練習に参加して見ませんか」とのこと。面白そうだと思ったが、モタモタしていると録音や楽譜が次々と送られてきた。現在の部員が3名なのでいつも3声のアレンジだが、4声もやって見たいとのこと。
渡されている楽譜はバッハのアリアとかフーガの4声にアレンジしたもの3曲、パートもソプラノ、アルト、バスとばらばらで、少しはおさらいできると思っていたが、結局バタバタと当日を迎えてしまった。

練習会場の府中のグリーンプラザへ向かう、かなり緊張する。これは仕方ないでしょう。

狭い室内に4人が集まるとあいさつもそこそこに練習開始、
BWV63のアリアの部分と思うが、助奏のオーボエを前面に押し出したアレンジ、このパートをソプラノリコーダーで私が演奏する。
他のパートはびしっと押してくるのに、私だけあせりまくって楽譜を追うのが精一杯、

2曲目はBWV68 カンタータ の一部 私はバスパートの担当、ほとんど休みなし三連譜の連続で音が飛ぶのだ。だから楽器を十分に鳴らす余裕が無い、スカスカ音のまま進行してしまう。楽譜に慣れて手抜きも含めたメリハリのある演奏をしないとバスの役割は果たせないと思う。

3曲目は同じくBWV68 のフーガの部分 今度はアルトパート。それほど長くなく、複雑でもないが、音が難しい、やっぱりバッハだ。でもこの曲が一番まとめやすいかも知れない。

練習時間は3時間ほどだったが、緊張していたのかあっという間に終わったような気がする。やはり他のグループに混じって練習するのは緊張もするが得ることも多い。

最後はお茶で話をしたが、練習だけでは知りえない人柄などもちらりと見えたりして興味深かった。

太鼓の音が聞こえてきた。府中大國魂神社のくらやみ祭りが始まったのだ。

3/23/2015

第11回フレンドシップコンサート終了

厚木リコーダーオーケストラ

観客席に置かれた古楽器

ゲスト演奏  

フレンドシップコンサート (FSC) が終了した。
2015年3月14日 稲城中央文化センター

今回も色々特色のある団体の演奏が楽しめた。
ここ数年は毎回「多様性」などと書いてきたのだが、その傾向はますます強くなってきているように思われる。新しい部員を迎え入れ合奏することの喜びと緊張感がこちらにも伝わってくるグループ、歴史もあり部員もある程度固定化され、独自の境地を追求しているグループ、ある程度腕に自信のある方達が特定の目的を持って集まったグループなど、この傾向はリコーダーだからこそ可能と思われる。

また今回「交流」という言葉が前面に出てきたが、これはFSCの特徴の一つだろう。これは怪我の功名のようなもので、本番以外の練習場が確保できないため出演者は会場で待機し、観客席から舞台に上がるのだ。午前中のリハーサル以外音を出さないまま舞台に上がるわけで「最良の演奏」には不利な面があるが、他のグループの演奏をすべて聴くことができるわけだし、演奏者達が舞台から目の前の席に戻ってくるわけだから声もかけ易いのではないだろうか。 
さらに一歩進めて、休息時間に「音出しタイム」のようなものを設定し、楽器の音程を合わせたり、他のグループに声をかけたりできると面白いのではないだろうか。

個々のグループを書くと際限が無いので今回初参加のペッパーミューズと私たち平尾リコーダークラブを書きます。

ペッパーミューズ
多分最初はリコーダーからスタートしたと思われるのだが、クルムホルン、ショーム、コルネット、ラケットなどの古楽器を演奏するグループになった。
古楽器を演奏するにはなかなか大変なエネルギーが必要と思われるが着実に演奏技術が上がってきているのがわかる。
それぞれの楽器の形や音色も珍しかったが、クルムホルンだけの合奏では騒々しい音楽が鳴り響くと思っていたのに、意外にも心安らぐ音が広がった。独特のブーンという羽音のような音ではあるが音量的にもあまり大きな音ではない。・・・・菜の花畑にしゃがみこむとミツバチ達の羽音が聞こえてくる・・・そんな感じに聞こえて不思議な体験であった。

平尾リコーダークラブ
「Rond」  モーッアルト グラスハーモニカを含むクインテット K617 の後半部分 編曲は「らぶしゅーべると」さん
個々のパートの仕上がり具合は別として”パート間の対話”はある程度実現できたように思う。この曲の構成が「親しい仲間同士のおしゃべり」のように感じられたし、そのようなことを強く意識して練習したのは今回が初めてだったような気もする。演奏後「面白い曲でしたね」と言われたが、そのことを言い当てているように思う。
「涙のパヴァーヌ」「エセックス卿のガリアルド」 J.ダウランド
この2曲に関してはリュートとリコーダーの組み合わせという定番に頼りすぎたような気がする。
正確に言えばリュートとリコーダー3本との組み合わせで音量的なバランスの問題、また装飾音などの音の変化の自在さがリュートとリコーダー合奏とで異なる。このあたりの問題を詰めきれていなかったのではないだろうか。リュート奏者を擁するグループはまだ珍しいと思うので今後も工夫を積み重ねたいと思う。


他のグループも特色あるグループばかりなのでぜひ来年は足を運んでいただきたい。多分リコーダー三昧の一日になるはずです。

3/06/2015

シェイクスピアはリコーダーを演奏した

シェイクスピアの肖像 全集に使用された

前回の昼下がりコンサートで「リコーダー」は「録音機」の意味で命名されたのだ、との話をした。当然それはいつ頃のことでしょうとの質問が出るはずだけれども、古いことなのでよくわからないと答える訳なのだが、なんとシェークスピアのハムレットにリコーダーについての記述があるのだ。そしてそれはリコーダーに精通しているような書き方なのだ。

中学生頃読んだハムレットの中に「笛」が簡単に演奏できるような「せりふ」があり、これはリコーダーを指しているのだと想像していたことを思い出した。念のために調べてみると日本語の訳文では「笛」となっていたが、シェークスピアの原文の英語では`Recorder`となっていることがわかった。またリコーダーをホイッスル等と区別するためには裏側の親指の音孔の有無が決め手だそうだが、親指の音孔についてもはっきり書き込まれていて、リコーダーである事の動かぬ証拠となっている。翻訳者は坪内逍遥から現代の翻訳者達まで錚々たる顔ぶれの筈だが、多分全員「笛」「楽器」などと曖昧に書いている。
英語の原文では`Recorder` でも日本語訳では「笛」「楽器」などに置き換えられているのだ。これには2つの原因が考えられる。1、翻訳者が `Recorder`をよく理解していない。2、翻訳者は理解していたが読者のレベルを考え、「笛」などに置き換えた。
これはシェイクスピア時代の聴衆の常識レベルと、日本の読者の常識レベルに大きな差があるのは当然で、なるべく同じ共感が得られるよう、翻訳家は苦労しているわけで、当然あり得ることと思われる。しかし「リコーダー愛好家」としての立場の翻訳もあっても良いはずなので、該当部分を訳出してみる。

英語は不得意の上、まして英語の「古文」であるから、いくつかの訳文を参考にしながら「翻訳」し、`Recorder` はリコーダー、`Pipe` はパイプとしてみた。

父である先王が
叔父の現王クローディアスに毒殺された事を知ったハムレットは、復讐を誓うが、悟られないため気が触れたように振舞っている。そんなハムレットを不審に思うクローディアスはハムレットの元学友であるギルデンスターンなどを呼び寄せて、ハムレットの本心を探らせている。

第3幕2場  役者により芝居が行われている。ハムレットにより仕込まれた部分になると、現王クローディアスは怒って席を立ってしまう。芝居は中断され大騒ぎ。ハムレットの作戦が的中したのだ。

ハムレット
Ah, ha! Come, some music! come, the recorders
For if the king like not the comedy, 
Why then, belike, he likes it not, perdy.
Come, some music!
Re-enter ROSENCRANTZ and GUILDENSTERN

「音楽だ!リコーダー(複数)を持ってこい!」(注1)
「王が喜劇がお好きでないなら、・・・多分嫌いだろうから音楽だ!」
   
   ローゼンクランツとギルデンスターンが再び入って来る


・・・ローゼンクランツ、ギルデンスターンとハムレットの会話は省略・・・

Re-enter Players with recorders
リコーダー(複数)を持った役者たちが再び入ってくる

ハムレット
O, the recorders! let me see one. To withdraw with you:--why do you go about to recover the wind of me,
as if you would drive me into a toil?
おう、リコーダー(複数)だ!見せてくれ(注2)。お前に話がある(ギルデンスターンに向かって)
なぜ風上から追い込むんだ。私をわなにかけようとしているんだろう。

ギルデンスターン
O, my lord, if my duty be too bold, my love is too unmannerly.
殿下、自分の職務に忠実すぎたため無作法だったかもしれません。
ハムレット
 I do not well understand that.Will you play upon  this pipe?
俺にはよく理解できない。お前はこのパイプで演奏できるか?(注3)
ギルデンスターン
My lord, I cannot. 殿下 できません
ハムレット
I pray you. お願いだ
ギルデンスターン
Believe me, I cannot. 本当にできないんです。
ハムレット 
I do beseech you. 頼むよ
ギルデンスターン
I know no touch of it, my lord. それに触ったことも無いんです。殿下
ハムレット
'Tis as easy as lying: govern these ventages with your fingers and thumb, give it breath with your mouth, and it will discourse most eloquent music. Look you, these are the stops.
嘘をつくぐらい簡単だよ 指穴を親指と指でおさえる(注4)、そして口から息を吹き込むんだ、そうすれば美しい音を発する。見ろ これがストップだ(注5)
ギルデンスターン
But these cannot I command to any utterance of harmony; I have not the skill.
しかし美しいハーモニーを出すことはできません。スキルが無いんですから。

ハムレット
Why,look you now,how unworthy a thing you make of me! You would play upon me;you would seem to know my
stops; you would pluck out the heart of my mystery;you would sound me from my lowest note to the top of my compass: and there is much music,excellent voice,in this little organ;yet cannot you make it speak.
'Sblood, do you think I am easier to be played on than a pipe?
Call me what instrument you will,though you can fret me, yet you cannot play upon me.
なぜだ、おまえは私の事を価値のないものとして見ていることになる。お前は私をあやつろうとしている。お前は私のストップスを知っていると思っている。お前は私の心の秘密を引き抜こうとしている。お前は私の低い音から最高音の音域まで鳴らせると思っている。この小さなオルガン(注6)には多くの音楽と素晴らしい声が詰まっているが、お前はそれを鳴らすことが出来ない`Sblood` お前は俺がこのパイプより演奏しやすいと思っているのか?俺を楽器に見立ててイライラさせても俺を操ることなんか出来ないぞ。

Enter POLONIUS  ポローニアス入場

God bless you, sir!    ご苦労さん
ポローニアス
My lord, the queen would speak with you, and presently.
殿下、王妃がすぐに話がしたいそうです。


・・・・・原文と翻訳はここまで、以下はわたしの感想と注釈・・・・

この部分リコーダーを話題にしているのは間違いない。パイプとの表現もリコーダーが重複するのを避けているのであって、他の楽器を指しているのではないことは明らかだ。親指も使用する事がわざわざ取り上げられている。
私はこの部分を読んでハムレットが、(つまりシェイクスピアが)リコーダーを演奏出来たと考えるのだが、いかがでしょうか。

役者とリコーダー
役者がリコーダーを持っているのは当然のこととして台本が書かれている。
移動しながらあちこちで演じてみせる当時の劇団は、大道具などは持ち歩けないが、リコーダーは腰に下げていて、他の役者のセリフの後ろでバックミュージックとして演奏したのではないかと想像する。弦楽器などは調弦などの手間もあり専門奏者が必要、リコーダーだからこそ役者でも可能だったと思える。

(注1) 「音楽だ!リコーダー(複数)を持ってこい!」
ハムレットの作戦が的中したのだ。通常なら宮廷の楽団が登場して色々な楽器で音楽を演奏するはずと思うが、彼はなぜリコーダー(複数)を指定したのか。
1、今夜は楽団を準備させてなくて、リコーダー合奏ならいつも自分たちで演奏しているので直ぐに対応できると考えた。
2、劇は中断されたものの観客もまだ残っているので、役者たちが持っているリコーダーで演奏させようと考えた。
この場所だけを読めば1のように考えられるが、この後役者たちがリコーダーを持って再入場してくるので2の意味だったとも考えられる。
両方の可能性があるが、どちらも小さい矛盾を内包しているともいえる。(原本に当たる版が3種類ありそれぞれこの部分微妙に違っている特に最初に出版された版は「リコーダーを持ってこい」というセリフがなくてハムレットが最初からリコーダーを持っている。

(注2)「おう、リコーダー(複数)だ!見せてくれ」
ここでハムレットは役者から借りたリコーダーを手で持つ。

(注3)「お前はこのパイプで演奏できるか?」
パイプはリコーダーのこと、手に持ってギルデンスターンに話しかけている。

(注4)「指穴を親指と指でおさえる」
ここでは`ventages` 指穴と指と言っており、わざわざ親指の使用も指摘している。

(注5)「見ろ これがストップだ。」
ストップとは通常オルガンを操作するための「栓」であるが、ここでは手に持ったリコーダーの指穴を指で開いたり塞いだりしながら「栓」であることを示しているのだ。
通常なら「指」と「穴」だけでも説明できるが、さらに一歩踏み込んで「栓」と楽器の操作部名を示し、後のオルガンにつなげる。

(注6)「この小さなオルガン」
ハムレット自身を小さなオルガンに例えている。俺には(お前が知りたい)多くの音楽と音が詰まっているが、リコーダーすら操れないお前が鳴らすのは無理だよ。
オルガンはリコーダーのような筒の集合体であり、ハムレットはその構造も知っており、リコーダーよりも複雑という意味で自身をオルガンに例えたのだろう。 
リコーダーでストップス(栓)とあえて呼び、ハムレット自身をを操るストップスはお前には分かっていない。そしてストップスで操作するオルガンにつなげた。

シェイクスピアがリコーダーやオルガンの構造について詳しい事がお分かりだろう。当時の劇団にはリコーダーは必需品であり、特に親指によるサミングでオクターブキーのように使用することによって2オクターブ目も弱音で演奏することが可能となる。このことが表現上いかに有効なことか十分に理解していたのだろう。だからこそ「指と親指」のようにわざわざ区別しているのだ。

参考文献
新潮文庫 ハムレット シェイクスピア 福田恆存訳
光文社古典新訳文庫  ハムレットQ1 シェイクスピア 安西徹雄訳